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2024/6/20

「書く人」
“450冊の読書記録を残すロルバーン”

みなさんの生活の中に、「書くこと」はありますか?
かつては当たり前だった、紙に書くという習慣。年を重ね、デジタルツールも発展し、日常から少しずつ離れて特別な行為になってきている人もいるのではないでしょうか。

デルフォニックスでは、紙に書くという習慣が誰かの日常をより豊かにするものであり続けて欲しいと考えています。

こちらの読み物「書く人」で取り上げるのは、「書くこと」が日常の中に当たり前にある人。その一点のみを共通項として、不定期連載としてさまざまな人にお話を伺いながら、「書くこと」のある毎日について考えてみたいと思います。




今回お話を伺ったのは、26歳の小学校教員「碧い花(あおい)」さん。(以下、あおいさんと表記)4年前からロルバーン ポケット付メモを使って読書ノートを書き続け、その様子をSNSで発信している。

Instagram(@aoihana___) X(@_aoihana_)

初めてあおいさんの読書ノートを見た時、緻密に丁寧に記録された中面と、形として残されたその蓄積量に圧倒された。
読んだ本の情報と、印象に残った箇所、感想が、ただひたすらに書き綴られたノート。その使い方から、始めたきっかけ、読書ノートを書き続ける理由について聞いてみた。

読書ノートとして使ってきたロルバーンには、450冊の読書記録が書かれている


手元に残る、自分だけの本棚

あおいさんが読書ノートを書き始めたのは2019年の3月、大学2年生になる春休みだったという。
きっかけは初めての一人暮らし。テレビのない生活で、金銭的に余裕があるわけでもない。部屋には物を置く場所も少ない。そんな時自然と「本を読もう」と思ったのは、「通っている大学図書館の蔵書が充実していたこと」だと話す。

「自然と本を読む時間が増えましたが、図書館の本は最終的に手元に残らない。そこにもどかしさを感じて、読書ノートへの記録とInstagramでの発信を始めました。一冊につき一投稿、本が手元に残らなくても過去に読んだ本と感想を振り返ることができる、自分だけの本棚のようなイメージです。」

読書記録にはさまざまな方法があるが、なぜ読書ノートなのか。

「オンライン上の読書記録ツールでは星の数による評価が一番前に来ていることが多く、何となく違和感を覚えていました。そこだけでは測れないし、自分が好きな本に対する他の誰かの評価も目に入って気になってしまう。記録しようと決めた時から頭の中で『こんな書き方で残したい』というイメージが明確に浮かんでいたため、自由にレイアウトを決められる今の形がしっくりきました。」

あおいさんの読書ノートの大きな特徴である、統一されたフォーマット。書き始めた時から今に至るまで4年間継続している使い方を、具体的に教えてもらった。


振り返って書いて、もう一度心が動く

左上に書影を印刷して貼っておくことがこだわり

使っているのはロルバーン ポケット付メモ Lサイズ。「5歳年上の姉が大学生の時にロルバーンを使っていた姿に憧れていて、自然と選びました」と話す。
基本的な書き方は、左上に書影を貼り、右上には読んだ日付・タイトル・出版社・作者・★(評価)を記入。その下に、印象に残った一節をページ数とともに残し、点線を引いて感想を記録する。

「本を読んで『よかったな』と思っても、そこで終わりになってしまうのはもったいない。もう一度振り返って自分の手で書くことによって、より深く理解することができるし、振り返りながら新たな感想が生まれたり捉え方が良くも悪くも変わったりします。それも含めて書くという行為の面白さを感じています。」

丁寧に書き写された本文の引用は、後から読み返すためだけでなく、より深く「読書」をするための手段でもある。読んだ時に一度心動かされた箇所を、もう一度自らの手で書くことで、能動的に言葉を自分の体に染み込ませることができるのだ。

ロルバーンを使い続ける理由は、書影を貼って膨らんでも書きやすいリングタイプであることと、後ろのクリアポケット。クリアポケットには、毎年欠かさずチェックするという「本屋大賞」の受賞作品を一覧化して入れ、読んだものは赤で線を引いているそう。

2004年から2024年までの「本屋大賞」受賞作リスト

「一冊目を書き始めた時は、まさかこんなに続けられるとは思っておらず、後ろのページにリストを書いていました。二冊目に入った時にそのリストを引き継ぎたいと思い、切ってポケットへ。新たな受賞作品が発表されたら追記し、新しいノートになったら入れ替え、というのを繰り返しています。」

特に思い入れが深いというロルバーン

これまでに書いてきた6冊の読書ノート中で、特に印象深いというこちらのロルバーン。ちょうどパンデミックが起き、行動制限がされていた頃に書いていたものだという。

「読み返してみると、『あの頃の自分にとって必要なことだったな』と感じます。さまざまな制限がある中で、授業やアルバイトに行くこともできず、何をどうすればいいのかわからなかった日々。やることがないからひたすらに本を読んでいて、感想欄には本の内容から派生し、辛さやもやもやとしたその時のリアルな感情も記録されています。」

読書の記録でありながらも、そこにリアルな感情が映し出され、日記のような内容が綴られる日もある。ただ本のレビューを残すだけでなく、本を読んで生まれた感情を通じて自らの現在地を記録しているような側面もあるのかもしれない、と話を聞きながら感じた。


人生を通して本を読むということ、記録するということ

450冊ものレビューを記録しているあおいさん。それだけの本を読んで記録してきた人にとっての「人生の一冊」と呼べる本はどんな本なのだろうか、と興味本位で聞いてみた。

ぱっと浮かぶものが二冊ある、と言って教えてくれたのは『キッチン(よしもとばなな)』と『水車小屋のネネ(津村記久子)』。

『キッチン(よしもとばなな)』とその読書ノート

「中学一年生の頃に父親を亡くし、絶望とともにどうすればよいのか分からなかった頃、姉が夜中に読みながら泣いていたのを見てこっそり借りたのが『キッチン』です。家族を亡くした主人公がそれでも生きていく様子を見て、人ってこうやって生きていくんだな、生きていかなくてはいけないんだな、ということを教わりました。その時の自分にとってかけてほしかった言葉がたくさんあり、求めていた本だったと思います。」

『水車小屋のネネ(津村記久子)』とその読書ノート

「『水車小屋のネネ』も、そんな自分のバックグラウンドに響いた物語。親元を一人離れた女の子が、さまざまな人と出会い生きていく40年間をつづった一冊です。母に言われて育った『自分が辛かった時に見返りを求めずに親切にしてくれた人は忘れてはいけない。自分が元気になった時には、同じようにつらい思いをしている人に手を差し伸べること』という言葉と、作中の『親切にしないと人生は長くて退屈ですよ』という言葉が重なり、腑に落ちるような感覚がありました。自分の人生のお手本にしたいような一冊です。」

突然の質問にも関わらず、あおいさんの言葉から、人生の中でどれだけ大切にしている本なのかが伝わってくる。読書ノートにぎっしりと書き込まれたこの二冊のページを見て、前述の「書くことでもう一度自分の体にしっかりと染み込ませる」という言葉の意味がより深く分かった気がする。


「仕事で疲れていると、なかなか本を読むことができない時期もあり、そんな時は過去の読書ノートをパラパラと読み返すようにしています。たくさんの本を読んで、いろいろな登場人物と出会ってきたからこそ、共感できる悩みやその解決法を思い出したりします。逆に『そんなにうまくいかないよ』と思うこともありますが、それも含めて自分にとって大切な時間です。」

初めのページから、終わりのページまで、丁寧な文字でひたすらにつづられた読書ノート。
学生から社会人へ、間にはパンデミックもあり、自身を取り巻く環境が絶え間なく変わっていた5年間。そんな月日の中で、ずっと変わらずに続けていた「書く」という習慣がどれだけあおいさんの軸となっていたのか、お借りした読書ノートを手に取って開き、改めてその重みを感じた。